東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1401号 判決
被控訴人は謝罪広告のほかみぎ名誉毀損によつて被控訴人がこおむつた無形の損害の賠償として金銭賠償をもとめると主張するので、その当否についての判断をすすめる。
被控訴人が医療を目的とする法人であつて、本件において被控訴人の賠償を求める損害が財産上の損害でなくて無形の損害であることはその主張自体によつてあきらかである。
おもうにわが民法においては不法行為にもとずく責任として、名誉毀損の場合につき裁判所において名誉を回復するに適当な処分を命ずることを得べき旨定めたほか、原則として金銭賠償主義をとり、被害者が不法行為により蒙つた損害をその不法行為者をして金銭をもつて賠償せしめることとしたのである。ところで不法行為者によつて侵害せらるべき権利ないし法益については、財産権のほか、身体、自由、名誉等のほかいろいろのものがあらうが、その侵害の結果生ずべき損害は物質的のものか、精神的のものか二者その一を出でないのである。物質的なものはこれを金銭に見積ることができ容易に金銭賠償の対象とすることができる。精神的なものは、これを金銭に見積ることができないから、一寸金銭をもつて賠償することができないように思えるが、それをこのまま放置すべきではない。けだし加害者をして被害者に相当な金銭を賠償せしめ、せめてその精神上の苦痛を和らげることができるからである。民法第七一〇条で不法行為者に財産以外の損害に対しても、その賠償を命ずることができると規定したわけは、ここにあるのである。法人にはもとより、精神上の苦痛というようなものを考えることができないから、これに金銭を賠償せしめて慰藉せしめるというようなことは、無意味なことである。その名誉が毀損せられた場合金銭賠償の対象としては、物質上の損害すなわち財産上の損害しか考えることができないのである。
かようなしだいで、法人は名誉毀損による無形の損害にたいしては金銭賠償の請求をなしえないものと解するを相当とするから、被控訴人の本訴請求のうち金銭賠償を求める部分は他の点について判断するまでもなく失当として棄却すべく、これと反対に被控訴人のみぎ請求を認容した原判決は失当である。
(牧野 谷口 満田)